後集_001

談山林之楽者
未必真得山林之趣
厭名利之談
未必尽忘名利之情

山林の楽しみを談ずるは
いまだ必ずしも真に山林の趣を得ず
名利の談を厭うは
いまだ必ずしも尽く名利の情を忘れず

山林に隠れ住む話をしたがる人が
その趣を知っているとは限らない
名利を話題にするのを嫌う人が
物事に執着しないとは限らない

後集_002

釣水逸事也
尚持生殺之柄
奕棋清戯也
且動戦争之心
可見
喜事不如省事之為適
多能不若無能之全真

水に釣るは逸事なり
なお生殺の柄を持す
奕棋は清戯なり
かつ戦争の心を動かす
見るべし
事を喜ぶは事を省くの適たるにしかず
多能は無能の真を全うするにしかざることを

水辺の釣りは風流な遊びだが
しかし生殺の権を握っている
碁は優雅な遊びだが
しかし闘争心が働いている
それよりは
何もしない方が気楽だ
むしろ才能がない方が
人間本来の純真さが保てるのだ

後集_003

鴬花茂而山濃谷艶
総是乾坤之幻境
水木落而石痩崕枯
纔見天地之真吾

鴬花茂くして山濃やかに谷艶なる
すべてこれ乾坤の幻境なり
水木落ちて石痩せ崕枯る
わずかに天地の真吾を見る

うぐいすが鳴き 花が咲き乱れ 山も谷も装いを凝らすが
これは全く天地の仮の姿である
谷川の水も枯れ 木の葉も落ちて 石や崖は裸にやせ枯れて
はじめて 天地の真の姿を見る

後集_004

歳月本長
而忙者
自促
天地本寛
而鄙者
自隘
風花雪月本閒
而労攘者
自冗

さいげつはもとよりながし
しかれども いそがしきものは
みずからせまるとす
天地もと寛にして
而して鄙しき者
みずから隘しとす
風花雪月もと閒にして
而して労攘の者
みずから冗なりとす

歳月は本来は悠久なものだ
それなのに忙しく動き回って
短くしている
天地は本来は広々としたものだ
それなのに卑小な人間が
狭くしている
風花雪月は本来は優雅なものだ
それなのに余計な気遣いをして
煩わしいものにしている

後集_005

得趣不在多
盆池拳石間
煙霞具足会
景不在遠
蓬窓竹屋下
風月自賖

趣を得るは多きにあらず
盆池拳石の間にも
煙霞具足す
景を会するは遠きにあらず
蓬窓竹屋の下にも
風月おのずからはるかなり

風流の楽しみに多くの道具立てはいらない
水たまりや石ころにも
山水の趣が具わっている
風景を求めるのに遠くに出かける必要はない
ぼろ家の軒先でも
名月や清風を迎えられる

後集_006

聴静夜之鐘声
喚醒夢中之夢
観澄潭之月影
窺見身外之身

しずかなるよるに しょうせいをききて
むちゅうのゆめをよびさます
澄潭の月影を観ては
身外の身を窺い見る

深夜に鐘の音を聞くと
「夢中の夢」から呼び醒まされる
澄んだ淵に映る月影を見ると
「身外の身」であることを知る

後集_007

鳥語虫声
総是伝心之訣
花英草色
無非見道之文
学者要天機清徹
胸次玲瓏
触物皆
有会心処

鳥語虫声も
すべてこれ伝心の訣なり
花英草色も
見道の文にあらざるはなし
学は天機清徹
胸次玲瓏
物に触れてみな
会心のところあらんことを要す

小鳥のさえずりや虫の鳴き声は
全てが心から心へ伝える秘訣である
花びらや草の色は
全てが この真理を表した文章ではないものはない
学ぶ者は 本心の働きを透き通らせ
胸中を曇りのない玉のようにして
物に触れては
いつも心に会得するようにせねばならない

後集_008

人解読有字書
不解読無字書
知弾有絃琴
不知弾無絃琴
以迹用
不以神用
何以得琴書之趣

人、有字の書を読むを解して
無字の書を読むを解せず
有絃の琴を弾ずるを知りて
無絃の琴を弾ずるを知らず
迹をもって用い
神をもって用いず
なにをもってか琴書の趣を得ん

文字で書いた書物は読めても
文字のない書物があることに気づかない
有絃の琴は弾けても
天地の間に無絃の琴があることに気づかない
形無きものの妙なる調べを解さないようでは
書物や琴の楽しみは解らないだろう

後集_009

心無物欲
即是秋空霽海
坐有琴書
便成石室丹丘

心に物欲なければ
すなわちこれ秋空霽海
坐に琴書あれば
すなわち石室丹丘を成す

物欲が消えた心
それは秋の空であり雨上がりの海原である
身辺に琴と書物があれば
それでもう閑静な山林と変じ、仙郷にいるような快適さだ

後集_010

賓朋雲集
劇飲淋漓楽矣
俄而漏尽燭残
香銷茗冷
不覚反成嘔咽
令人索然無味
天下事率類此人
奈何不早回頭也

賓朋雲集し
劇飲淋漓として楽しめり
にわかにして漏尽き燭残り
香銷え茗冷やかにして
覚えずかえって嘔咽を成し
人をして索然として味なからしむ
天下のことおおむねこれに類す人
いかんぞ早く頭を回らさざる

賓客や友達が多く集まり
したたかに酒を飲み続けるのは楽しい
やがて夜も更け燈火もわずかになり
香も絶え 茶も冷え切ると
われ知らず むせび泣きして
人々に味気ない思いをさせる
世の中のことは 得てしてみなこういうものだ
人々はどうして早く考え直さないのか

後集_011

会得個中趣
五湖之煙月
尽入寸裡
破得眼前機
千古之英雄
尽帰掌握

個中の趣を会し得れば
五湖の煙月も
ことごとく寸裡に入る
眼前の機を破り得ば
千古の英雄も
ことごとく掌握に帰す

一つの事柄の趣を感じとれれば
五湖の風景を
胸中に収めたようなものだ
いま生じていることの機微に通じるなら
千古の英雄を
手中に収めたようなものだ

後集_012

山河大地
已属微塵而況
塵中の塵血肉身く
且帰泡影
而況影外之影非上上智
無了了心

山河大地
すでに微塵に属す而るをいわんや
塵中の塵をや血肉身く
かつ泡影に帰す
而るをいわんや影外の影をや上々の智にあらざれば
了々の心なし

山河も大地も
宇宙の微細な粒子にすぎない
人間の肉体もわずか数十年の生命
やがて泡のごとう消えてしまう
まして名声や財産といったものとなると言うまでもない
この深遠な道理は余程の知恵を働かさなければ
会得できない

後集_013

石火光中
争長競短
幾何光陰
蝸牛角上
較雌論雄
許大世界

せつかのこうちゅうに
ちょうをあらそいたんをきそうも
いくばくのこういんぞや
かぎゅうのかくじょうに
しをくらべ ゆうをろんず
いくばくのせかいぞや

人生は一瞬の火花
その一瞬の間に
争いあっている
蝸牛角上で
優劣を競っている
ちっぽけな世界ではないか

後集_014

寒灯無焔
敝裘無温
総是播弄光景
身如槁木
心似死灰
不免堕落頑空

寒灯焔なく
敝裘温なきは
すべてこれ光景を播弄す
身槁木のごとく
心死灰に似たるは
頑空に堕落するを免れず

ともることのない燈火
暖かみのない破れ皮ごろも
これでは全く外面のありさまをもてあそぶことである
身は枯木のように
心は火の消えた灰のようにするのでは
現実離れをまぬがれない

後集_015

人肯当下休
便当下了
若要尋個歇処
則婚嫁雖完
事亦不少僧道雖好
心亦不了
前人云
如今
休去便休去若覓了時
無了時
見之卓矣

人あえて当下に休せば
すなわち当下に了せん
もし個の歇むところを尋ぬるを要せば
婚嫁完しといえども
事また少なからず僧道好しといえども
心また了せず
前人云う
「如今
休し去らばすなわち休し去れもし了時を覓むれば
了時なからん」
これを見ること卓なり

人に進んですぐさまやめれば
それで すぐさま 仕上がりだ
もし やめどきを探ろうとすると
嫁取り嫁入りを済ましても
俗事は少なくならないし 仏僧や道士がよくても
心から悟りきれない
古人は言った
「もしやめてしまうなら
すぐにやめてしまえ、仕上げ時なぞはない」
まことに卓見である

後集_016

従冷視熱
然後知熱処之奔馳無益従
冗入閒
然後覚閒中之滋味最長

れいよりねつをみて
しかるのちにねっしょのほんちのえきなきをしる
じょうよりかんにいりて
しかるのちにかんちゅうのじみのもっともながきをおぼゆ

冷静な観点から熱狂を見ると
熱にうなされて走り回ることの無駄がわかる
ごちゃごちゃした所から静かな所に入ると
物がたいしてないことの味わいこそ最も永遠であることがわかる

後集_017

有浮雲富貴之風
而不必岩棲穴処
無膏肓泉石之癖
而常自酔酒耽詩

富貴を浮雲にするの風ありて
必ずしも岩棲穴処せず
泉石に膏肓するの癖なくして
つねにみずから酒に酔い詩に耽る

富貴を浮雲のようにみなす気持ちがあるけれども
深山幽谷に隠れ住む必要はない
泉石愛好が不治の病というほどではないけれども
いつも酒に酔い詩にふけっている

後集_018

競逐聴人
而不嫌尽酔
恬淡適己
而不誇独醒
此釈氏所謂
不為法纏
身心両自在者

競逐人に聴せて
ことごとく酔うを嫌わず
恬淡己に適して
ひとり醒むるを誇らず
これ釈氏のいわゆる
法のために纏せられず空のために纏せられず
身心ふたつながら自在なるものなり

名利を競い追うことは世人に任せて
それでいて世人の誰もが名利に酔うことを嫌いはしない
あっさりとして我が意にかなうようにするが
それでいて自分独りが覚めていることを誇りはしない
このような人こそ 仏者のいう
法にしばられず 空にもしばられないで
身心ともに自由自在な達人である

後集_019

延促由於一念
寛窄係之寸心
故機閒者
一日遥於千古
意広者
斗室寛若両閒

延促は一念に由り
寛窄はこれを寸心に係く
ゆえに機閒なるものは
一日も千古より遥かに
意広きものは
斗室も寛くして両閒のごとし

時間の長短はその人の主観によって違う
広狭の感覚もその人の心理状態によって違う
忙中に閑を見出す人には
一日が千年より長いし
心の広い人には四畳半でも天地のように感じられる

後集_020

損之又損
栽花種竹
儘交還烏有先生
忘無可忘
焚香煮茗
総不問白衣童子

これを損してまた損し
花を栽え竹を植えて
まま、烏有先生に交還す
忘るべきなきを忘れ
香を焚き茗を煮て
すべて白衣の童子に問わず

さかしらを減らしに減らして
花を植え 竹を植えたりしては
すっかり烏有先生にお返しする
「忘れなければならぬことはない」という事さえ忘れ
香をたき 茶をいれたりしては
白衣の童子をまったく気にかけない

後集_021

都来眼前事
知足者仙境
不知足者凡境
総出世上因
善用者生機
不善用者殺機

すべて眼前に来たることは
足るを知る者には仙境
足るを知らざる者には凡境
すべて世上に出ずるの因は
よく用うる者には生機
よく用いざる者には殺機

すべて目前に起こることは
満足することをわきまえれば理想郷だが
満足することをわきまえなければ俗世間だ
全てこの世の因縁は
善用すれば生かす働きだが
善用しなければ殺す働きだ

後集_022

趨炎附勢之禍
甚惨亦甚速棲
恬守逸之味
最淡亦最長

炎に趨り勢いに附くの禍いは
はなはだ惨にしてまたはなはだ速やかなり
恬に棲み逸を守るの味わいは
最も淡にしてまた最も長し

権力の強い者に従い 勢力の盛んな者につくという生き方のわざわいは
あまりにも悲惨であり あまりにも早い
安らかさを住み家とし 気楽さを守るという生き方の味わいは
きわめて淡白であり もっとも長続きする

後集_023

松澗辺
携杖独行
立処雲生破衲
竹窓下
枕書高臥
覚時月侵寒氈

松澗の辺り
杖を携えて独行すれば
立つところ、雲は破衲に生ず
竹窓のもと
書を枕にして高臥すれば
覚むるとき、月は寒氈を侵す

松の生い茂る谷川の辺りを
独り杖をついて散歩する
ふと立ち止まれば白雲わき出て破れ衣にまとわりつく
竹の植わった窓辺で
本を枕にごろ寝する
ふと目覚めれば月光が粗末な敷物に差し込んでいる

後集_024

色慾火熾
而一念及病時
便興似寒灰
名利飴甘
而一想到死地
便味如嚼蝋
故人常憂死慮病
亦可消幻業而長道心

色慾は火のごとく熾んなるも
一念病時に及べば
興、寒灰に似たり
名利は飴のごとく甘きも
一想死地に到れば
味い、嚼蝋のごとし
ゆえに人、つねに死を憂い病いを慮らば
また幻業を消して、道心を長ずべし

色欲は火のように燃え盛るものだが
ふと病気の時を思い及ぶと
たちまち冷えた灰のように色欲も醒めてしまう
名利は飴のように甘いものだが
ふと死の事に思い至ると
たちまち蝋(ろう)を噛むように名利の味もまずくなる
だから人間は常に死ぬことを思い 病気の事を忘れなければ
仮幻のわざを消し去って求道心をはぐくむことができる

後集_025

争先的径路
窄退後一歩
自寛平一歩
濃艶的滋味
短清淡一分
自悠長一分

先を争うの径路は
窄し退き後るること一歩なれば
おのずから一歩を寛平にす
濃艶の滋味は
短かし清淡一分なれば
おのずから一分を悠長にす

人に先んじようと争う小路は
とても狭い、人より一歩遅れて歩めば
自然に一歩の分だけ広やかになる
濃厚な味のうまみは
その場限りだ、一分だけあっさりにすると
自然にその一分だけうまみが長続きする

後集_026

忙処不乱性
須閒処心神養得清
死時不動心
須生時事物看得破

忙処に性を乱さざらんとせば
すべからく閒処に心神を養い得て清かるべし
死時に心を動かさざらんとせば
すべからく生時に事物を看得て破るべし

忙しい時に本性を乱さないためには
ぜひとも暇な時に その精神をすっきりと鍛練しておくことだ
死に際に その本心を動揺させないためには
ぜひとも生きている時に物事をよくみきわめておくことだ

後集_027

隠逸林中無栄辱
道義路上無炎涼

隠逸林中、栄辱なく
道義路上、炎涼なし

山林に隠れ住む者には栄誉や恥辱の念がない
道義を重んじる者は相手に応じて態度を変えるようなまねはしない

後集_028

熱不必除
而除此熱悩
身常在清凉台上
窮不可遣
而遣此窮愁
心常居安楽窩中

熱は必ずしも除かず
而してこの熱悩を除かば
身はつねに清凉台上にあらん
窮は遣るべからず
而してこの窮愁を遣らば
心はつねに安楽窩中に居らん

自然の暑さは除かなくてもよいが
この暑さを悩む心を除けば
この身はいつも涼み台にいる
現実の貧しさは追い払えないが
この貧しさを気に病む心を追い払えば
この心はいつも安楽な家にいる

後集_029

進歩処
便思退歩
庶免触藩之渦
着手時
先図放手
纔脱騎虎之危

歩を進むるところ
すなわち歩を退くことを思わば
こいねがわくは藩に触るるの禍を免れん
手を着くるとき
まず手を放つことを図らば
わずかに虎に騎るの危きを脱れん

一歩踏み出すときに
一歩退くことを考慮しておけば
きっと進退にきわまる災いをまぬがれられる
事業に着手するときに
まず引き際の工夫をしておけば
それでこそ虎にのった時の危険をのがれられる

後集_030

貪得者
分金恨不得玉
封公怨不受侯
権豪自甘乞丐
知足者
藜羮旨於膏梁
布袍煖於狐貉
編民不譲王公

得ることを貪る者は
金を分ちて玉を得ざるを恨み
公に封ぜられて侯を受けざるを怨み
権豪みずから乞丐に甘んず
足ることを知る者は
藜羮も膏梁より旨しとし
布袍も狐貉より煖かなりとし
編民も王公に譲らず

物を得たいとむさぼる者は
金をわけても 玉を貰えなかったことを恨み
侯爵に封ぜられても 諸侯にしてもらえなかったことを恨む
権門豪家でありながら乞食根性に甘んじている
満足する事をわきまえている者は
あかざのあつものでも 肉や米よりうまいと思い
布の長衣でも 皮ごろもより暖かいと思う
庶民でありながら 心ばえは王公以上だ

後集_031

矜名
不若逃名趣
練事
何如省事閒

名に矜るは
名を逃るるの趣あるにしかず
事を練るは
なんぞ事を省くの閒なるにしかん

名声をひけらかすよりは
避ける生き方の方が味わい深い
物事に熟練するよりは
やらずにすませる方が気が楽だ

後集_032

嗜寂者
観白雲幽石而通玄
趨栄者
見清歌妙舞而忘倦
唯自得之士
無喧寂、無栄枯
無往非自適之天

寂を嗜む者は
白雲幽石を観て玄に通じ
栄に趨る者は
清歌妙舞を見て倦むを忘る
ただ自得の士は
喧寂なく栄枯なく
往くとして自適の天にあらざるはなし

静寂を好む人は
白雲や奇岩を見て玄妙な哲理を悟る
華美を好む人は
清らかな歌や見事な舞を見て疲れを忘れる
ただ道を体得した人だけは
喧噪や静寂、栄枯や盛衰に関係なく
どこに身を置いてもその場を我が天地とする

後集_033

孤雲出岫
去留一無所係
朗鏡懸空
静躁両不相干

孤雲岫を出ずる
去留一も係わるところなし
朗鏡空に懸る
静躁ふたつながら相干さず

雲は山の峰からわき出て
行くか留まるかとらわれることがない
明月は空高くかかって
地上の喧噪、静寂と何の関わりも持たない

後集_034

悠長之趣
不得於醲釅
而得於啜菽飲水
惆悵之懐
不生於枯寂
而生於品竹調絲
固知
濃所味常短
淡中趣独真也

悠長の趣は
のうげんに得ずして
菽の啜り水を飲むに得
惆悵の懐いは
枯寂に生ぜずして
竹を品し絲を調ぶるに生ず
まことに知る
濃所の味はつねに短く
淡中の趣はひとり真なるを

のんびりな趣は
濃厚な酒には得られずに
豆の粥をすすり 水を飲むなかに得られる
嘆き悲しむ思いは
喜びを捨てた生活には生まれないで
笛を吹き 琴をつま弾く風雅に生まれる
濃厚な味わいは いつも はかなく
ただ淡白な趣こそが真実であることが
本当によくわかる

後集_035

禅宗曰
饑来喫飯
倦来眠詩
旨曰
眼前景致口頭語
蓋極高寓於極平
至難出於至易
有意者反遠
無心者自近也

禅宗に曰く
「饑え来たれば飯を喫し
倦み来たれば眠る」
詩旨に曰く
「眼前の景致、口頭の語」
けだし極高は極平に寓し
至難は至易に出で
有意のものはかえって遠く
無心のものはおのずから近きなり

禅の言葉に
腹が減ったら食い、
疲れたら寝る とある
詩の作法に言う
平凡な事物の中に
深遠な真理が宿っている
平易さの中に最高のものが隠れている
意図的になると道から遠ざかる
無心であれば道に近づく

後集_036

水流而境無声
得処喧見寂之趣
山高而雲不碍
悟出有入無之機

水流れて境に声なし
喧に処して寂を見るの趣を得ん
山高くして雲碍えず
有を出で無に入るの機を悟らん

水はさらさらと流れているが辺りは静かだ
騒がしい所に身をおいて静寂を感ずる妙味とはこのことだ
山は高くそびえているが雲は自由に去来する
有心の身で忘我の境地に入るきっかけがここにある

後集_037

山林是勝地
一営恋便
成市朝
書画是雅事
一貪癡便
成商
賈蓋心無染著
欲界是仙都
心有係恋
楽境成苦海矣

山林はこれ勝地
ひとたび営恋すれば
市朝と成る
書画はこれ雅事
ひとたび貪癡すれば
商賈と成る
けだし心に染著なければ
欲界もこれ仙都
心に係恋あれば
楽境も苦海と成る

山林は隠れ住むのに最適だが
迷いだすと
たちまち騒がしい市場となってしまう
書画は高尚な趣味だが
溺れると
たちまち商売となってしまう
思うに執着心がなければ
欲望渦巻く世間も仙人の都となるが
心がとらわれると
美しい仙郷もたちまち苦海となる

後集_038

時当喧雑
則平日所記憶者
皆漫然忘去
境在清寧
則夙昔所遺忘者
又恍爾現前
可見
静躁稍分
昏明頓異也

時、喧雑に当たれば
平日記憶するところのものも
みな漫然として忘れ去る
境、清寧にあれば
夙昔遺忘するところのものも
また恍爾として前に現わる
見るべし
静躁やや分るれば
昏明とみに異なるを

騒がしくて ごたごたしている時には
日頃 記憶していたことまで
皆 うっかりと忘れてしまう
さっぱりして 安らかな環境にいる時には
昔 忘れたことまで
ありありと思いだす
してみると
静かであるか 騒がしいかのわずかな違いで
頭の働きは 大変に違うのだ

後集_039

盧花被下
臥雪眠雲
保全得一窩夜気
竹葉杯中
吟風弄月
躱離了万丈紅塵

盧花被下
雪に臥し雲に眠れば
一窩の夜気を保全し得
竹葉杯中
風に吟じ月を弄べば
万丈の紅塵を躱離しおわる

蘆の穂が飛び散る中
雪の上に寝転び、浮雲を帳として眠れば
天地にあふれる自然の精気を吸い込むことができる
竹葉酒を傾けつつ
清風を詠み、明月をめでれば
俗世間の騒がしさから逃れることができる

後集_040

袞冕行中
着一藜杖的山人
便増一段高風
漁樵路上
著一袞衣的朝士
転添許多俗気固知
濃不勝淡
俗不如雅也

袞冕行中
一の藜杖の山人を着くれば
すなわち一段の高風を増す
漁樵路上
一の袞衣の朝士を著くれば
うたた許多の俗気を添うまことに知る
濃は淡に勝たず
俗は雅にしかざるを

偉い人の行列に
あかざの杖をつく隠者がまじれば
ひときわ高尚な趣が増す
漁夫やきこりの往来に
礼服を着た役人がまじれば
ずいぶんと俗気が増す
濃厚なものは淡白なものに及ばないし
俗なものは高雅なものには及ばないことがよくわかる

後集_041

出世之道
即在渉世中
不必絶人以逃世
了心之功
即在尽心内
不必絶欲以灰心

出世の道は
すなわち世を渉るなかにあり
必ずしも人を絶ちてもって世を逃れず
了心の功は
すなわち心を尽くすうちにあり
必ずしも欲を絶ちてもって心を灰にせず

俗世間を抜け出る方法は
この俗世間を渡るそのものの中にあり
世人と交わりを断ち 山林に隠れる必要はない
悟りをひらく工夫は
本心をきわめつくすことにあり
欲を断ち 心を死灰にする必要はない

後集_042

此身常放在閒処
栄辱得失
誰能差遺我
此心常安在静中
是非利害
誰能瞞昧我

この身つねに閒処に放在せば
栄辱得失
たれかよくわれを差遺せん
この心つねに静中に安在せば
是非利害
たれかよくわれを瞞昧せん

この身が 常にのどかな立場にあれば
栄辱や得失とて
私を こきつかうことができようか
この心が 常に静かな境地に安じておけば
是非や利害などが
私を だますことができようか

後集_043

竹籬下
忽聞犬吠鶏鳴
恍似雲中世界
芸窓中
雅聴蝉吟鴉噪
方知静裡乾坤

竹籬のもと
たちまち犬吠鶏鳴を聞けば
恍として雲中の世界に似たり
芸窓のうち
まさに蝉吟鴉噪を聴けば
まさに静裡の乾坤を知る

竹の垣根のそばで
鶏や犬の声を聞くと
雲の中の別世界にいる感じがする
書斎の中で
蝉や烏の騒ぐのを聞くと
まさに静中に別天地があるのがわかる

後集_044

我不希栄
何憂乎利禄之香餌
我不競進
何畏乎仕官之危機

われ栄を希わずんば
なんぞ利祿の香餌を憂えん
われ進むを競わずんば
なんぞ仕官の危機を畏れん

栄華を願う気持ちがなければ
甘い餌に釣られる心配があろうか
出世を争う気持ちがなければ
官途で危ない目にあうことを心配するだろうか

後集_045

徜徉於山林泉石之閒
而塵心漸息
夷猶於詩書図画之内
而俗気潜消
故君子
雖不玩物喪志
亦常借境調心

山林泉石の閒に徜徉して
塵心ようやく息み
詩書図画のうちに夷猶して
俗気にひそかに消ゆ
ゆえに君子は
物を玩びて志を喪わずといえども
またつねに境を借りて心を調う

山林泉石の間をぶらつくと
功名心が次第に薄れていく
詩書絵画の世界に入り込むと
俗気がいつしか消え失せる
君子は
趣味にふけって志を失うことはないが
同時に周辺の事物の助けを借りて心身を調えもするのだ

後集_046

春日気象繁華
令人心神駘蕩
不若秋日雲白風消
蘭芳桂馥
水天一色
上下空明
使人神骨倶清也

春日は気象繁華
人をして心神駘蕩ならしむるも
秋日の雲白く、風消え
蘭芳しく桂馥い
水天一色
上下空明
人をして神骨ともに清らかならしむにしかず

春の華やいだ風景は
心をゆったりとさせてくれる
けれども雲白く風清らかで
蘭や木犀が香る秋にはおよばない
水と空が溶けて一色となった
明るい景色を見ると
身も心も爽快になる

後集_047

一字不識
而有詩意者
得詩家真趣
一偈不参
而有禅味者
悟禅教玄機

一字識らずして
而も詩意あるは
詩家の真趣を得
一偈参せずして
而も禅味あるは
禅教の玄機を悟る

一字も文字は知らなくとも
詩情がある者は
詩人の心がわかる人だ
参禅したことがなくとも
禅の妙味がわかる者は
禅の哲理がわかる人だ

後集_048

機動的弓影疑為蛇蝎
寝石視為伏虎
此中渾是殺気
念息的石虎可作海鷗
蛙声可当鼓吹触処
倶見真機

機動くは、弓影も疑いて蛇蝎となし
寝石も視て伏虎となす
このうちすべてこれ殺気なり
念息むは、石虎も海鷗となすべく
蛙声も鼓吹に当つべし触るるところ
ともに真機を見る

心の不安定な者は杯に映った弓を見て蛇かと思い
暗がりの石を見て虎かと思う
すべてに殺気を感じてしまうのだ
心の安定した者は石虎のとうな暴れ者をカモメのように従順とさせる
蛙の声を聞いても楽しい演奏だと思う
触れるものすべてが生気あるように感じるのだ

後集_049

身如不繋之舟
一任流行坎止
心似既灰之木
何妨刀割香塗

身は繋がざるの舟のごとく
一に流行坎止に任す
心は既灰の木に似て
なんぞ刀割香塗を妨げん

わが身は繋がれていない小舟のようなもの
行くも停まるも流れのまま
わが心は焼け焦げた杭のようなもの
刃物で切られようが香料を塗られようがいっこうに気にならない

後集_050

人情聴鴬啼則喜
聞蛙鳴則厭
見花則思培之
遇草則欲去之
但是以形気用事
若以性天視之
何者
非自鳴其天機
非自暢其生意也

人情、鴬啼を聴いてはすなわち喜び
蛙鳴を聞いてはすなわち厭い
花を見てはすなわちこれを培わんことを思い
草に遇いてはすなわちこれを去らんと欲す
ただこれ形気をもって事を用うるのみ
もし性天をもってこれを視れば
何者か
おのずからその天機を鳴らすにあらざん
おのずからその生意を暢ぶるにあらざらん

人情として鶯が鳴くのを聞けば喜び
蛙が鳴くのを聞けば嫌になる
花を見ると栽培したいと思い
雑草があると抜きたいと思う
いずれも見かけだけで判断したのである
もし その天性という面から見れば
どれもが各々の本来の働きを
自然に鳴らしているし
どれもが各々の生意を
自然に発展させているのだ



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